ひきこもり裁判



先日のことです。ひきこもりであるにも関わらず、散歩をした結果、逮捕されました。

個人的には完全に隠蔽できたと思っていただけに、逮捕には動転しました。


逮捕の朝

朝、目覚めてカーテンを開けると軍隊の戦車が300台も自宅を取り囲んでいた。
上空には武装したヘリコプターが20台くらい飛び交っている。

「テロリストが近所に潜伏しているだろうか。」
まさか自分を逮捕しに来たとは思わず、最初はこう考えた。しかし、すぐに全員の視線が自分に注がれていることに気がついた。
「何事だろうか?」
ぼんやりしていると、武装ユニットが近づいて来て、80人がかりで私を抑えつけてた。

「おまえは、逮捕された!」
大きな声で、80人が言う。
事態を読み込めぬまま、そのまま徒歩で拘置所に連行された。

「な、なんですか?!」
私が聞くと、近くにいた男がにらみつけながら野太い声で言う。

「おまえ、江の島近辺を散歩しただろう。」
「なんのことです?」
すっとぼけたが、ものすごい剣幕で怒鳴りつけられた。
ひきこもりであるにも関わらず、散歩をしやがって!国家動乱罪だぞ、この野郎め!」
全て筒抜けだった。私は観念した。


拘置所にて

自宅から徒歩8時間をかけて、「ニコニコさわやか拘置所」とは名ばかりの、薄暗い拘置所に着いた。

さっそく、国選弁護人が紹介されたのだが、身なりがおかしい。コックの服を着ている。
「あの、あなたは弁護士さんですか?」
私が聞くと、珍奇な答えが返って来た。
「弁護士は副業。本業はレストラン。本業が忙しくなったら弁護に来ないからね。」

私が唖然としていると、鞄から新聞を取り出した。
「ニューヨークタイムズだ。逮捕がトップニュースで報道されている。」
確かに、大々的に報道されている。この日の新聞の4分の3は、私の逮捕に関する記事であった。

「どうして、こんなことに・・・。」
と私がつぶやくと、弁護人は話をさえぎった。
「あ、出前に行く時間だ。今日はこれで帰るからな。」
そう言うと、そそくさと帰って行った。
それきり、弁護士は来なかった。


裁判

裁判が始まるまで、拘置所で過ごした。
その間、世界中から差し入れが届いた。
穴の開いた帽子、壊れた時計、グランドピアノ、食塩20キロ、ひまわりの種9粒・・・。

どうしろと言うのだろうか。
しかし、悩む暇もなく、裁判が始まった。

法廷に出廷すると、陪審員たちから悲鳴があがった。
「きゃあああ!ひきこもりだ!」
「ひきこもり!有罪だ!絶対有罪だ!」
法廷がざわつく中、裁判長が入廷。

しかし、猛烈に嫌そうな顔をしている。
「やれやれ、ひきこもりを裁判しなきゃいけないなんて。貧乏くじを引いたもんだ。」
と、ぶつぶつ言う。

「えーと、おまえ、名前は?」
裁判長が私に聞く。
「パンだけど?」
「え?ごはん?」
「違う、パン。」
「パン?」
「そうそう、パン。おまえの名前は?」
「うるせぇぇぇ!俺の名前はどうでもぃぃんだ!」
裁判長は怒り狂い、手当たり次第に物を投げて来た。

「で、おまえ、職業は?」
「ひきこもり。」
「やれやれ、ひきこもり・・・。」
「で、おまえの職業は?」
「うるせぇぇぇ!俺はコック兼裁判長だ!」
「兼業なの?どっちが本業?」
「コックが本業だバカたれ!」
「本業が忙しくなったら、裁判はどうるすの?」
「その時は打ち切りにするよ、バカたれ!面倒くさい奴だな!」
「それでいいの?」
「うるせぇぇぇ!本業の方が大事だ!もう、おまえ、有罪だ。決まりだ。」
裁判長は引き上げようとしながら、聞いてきた。
「懲役に服す前に、何か言いたいことはあるか?」

私は元気に応えた。
「散歩に行きたいです。」